なぜ今のAIはこうなったのか──70年をさかのぼる

AIの歴史を解説しているサイトはたくさんありますが、たいてい年表の羅列で終わっています。いつ何があったかを並べられても、正直あまり頭に入りません。

知りたいのは「なぜ今こうなっているのか」のはずです。だとしたら、過去から順番に追うより、今から逆算して効いている決断だけを拾ったほうが早い。今日はそういう書き方をしてみます。

いきなり現れたわけじゃない

ChatGPTが公開されたのは2022年の終わりです。多くの人にとって、AIはそこで突然始まりました。

でも実際には、その裏に70年分の助走があります。しかも面白いことに、今のAIを形づくっている考え方の多くは、一度は「これは失敗だ」と切り捨てられたものだったりします。

1950年、問いの立て方が決まった

出発点は1950年、アラン・チューリングの論文です。彼は「機械は考えられるか」という問いを、こう言い換えました。人間と会話して、相手が人間か機械か見分けがつかなければ、それでいいのではないか、と。

いわゆるチューリングテストですね。ここでチューリングがやったことは、かなり大胆です。「考えるとは何か」という哲学的な難問を、解かずに迂回したわけですから。定義の議論は棚上げして、振る舞いだけで判定する。工学の問題に落とし込んだ、と言ってもいいと思います。

これは今も効いています。私たちが「このAIは賢い」と言うとき、内部で何が起きているかを理解して言っているわけではありません。出力を見て判断している。評価の軸が仕組みではなく「使えるかどうか」に寄っているのは、70年前のこの一手で決まったようなものです。

そして1956年、ダートマス大学の会議で「Artificial Intelligence(人工知能)」という言葉が正式に使われます。分野の誕生日ですね。

ちなみにこの会議の提案書には、10人の研究者が2ヶ月集まれば大きな進展が得られるだろう、と書かれていました。この楽観こそが、AIの歴史を通じて一番一貫している特徴かもしれません。

二つの路線が分かれる

初期のAIには、大きく二つのアプローチがありました。

ひとつは記号主義。人間の知識をルールとして書き下して、それを機械に推論させる方式です。「鳥は飛ぶ」「ペンギンは鳥だ」といった知識を積み上げていく。人間が考えるときに使っている論理を、そのまま機械に載せようという発想ですね。プログラマーからすると、こちらのほうがよほど直感的だと思います。要するにif文の塊ですから。

もうひとつがニューラルネットワークです。脳の神経細胞を真似た仕組みに、データを見せて自分で学習させる。1958年のパーセプトロンが原型です。こちらは「なぜそう判断したか」を人間が説明できない。当時としてはかなり気味の悪いアプローチでした。

そして1969年、この後者に冷や水が浴びせられます。ミンスキーらが、当時のパーセプトロンには原理的に解けない問題があると指摘したんですね。研究資金は記号主義に流れ、ニューラルネットは長い停滞期に入ります。

今のAIは、このとき負けたほうの路線の子孫です。

中身が空でも人は騙される

この時代の象徴的な作品に、1966年のELIZAがあります。心理カウンセラーを模した対話プログラムですが、中身は驚くほど単純でした。

「私は母のことで悩んでいます」と入力すると「あなたの母について、もっと話してください」と返す。要はパターンを入れ替えているだけです。今なら学生が半日で書けるレベルでしょう。

ところが、使った人の一部は本気で心を開きました。開発者ワイゼンバウム自身の秘書が、彼に「席を外してくれ」と頼んだという逸話まで残っています。

中身が空でも、人は相手に知性を見出してしまう。この発見は、今のチャットAIを語るうえでもまだ有効な警告だと思います。

一度目の冬

期待が大きすぎた反動は、当然のように来ました。

機械翻訳は数年で実現すると言われながら実用に届かず、各国の研究予算が次々に打ち切られます。最初の「AIの冬」ですね。研究者は分野を離れ、AIという言葉自体が資金調達の場でマイナスに働くようになりました。論文のタイトルからAIを外す、という現象まで起きています。

何が読み違えられていたのか。ひとつは計算力の見積もりですが、もっと根本的だったのは「人間にとって簡単なことほど、機械には難しい」という非対称性への無理解でした。

微積分は機械にやらせやすい。一方で、コップを持ち上げる、雑踏の中から知人の顔を見つける、冗談が冗談だと分かる。こういう人間が無意識でやっていることが、ことごとく難しいわけです。

これは今でも通じる話ですよね。難しそうな仕様ほどあっさり実装できて、「ちょっと直すだけ」みたいな要件で何日も溶かす。あの感覚と同じです。

80年代のエキスパートシステム、そしてまた冬

1980年代には「エキスパートシステム」で再びブームが起きます。専門家の知識をルール化して業務に組み込む試みで、医療診断や設備の故障診断で実際に成果を出しました。日本の第五世代コンピュータ計画も、この流れの中にあります。

汎用的な知能は諦めて、狭い領域に絞る。この割り切りは正しかったし、実際にお金も動きました。

でも、これも行き詰まります。理由はシンプルで、世の中の知識はルールで書き切れるほど少なくなかったからです。

例外に例外が重なる。ルールが数千を超えると、追加した一行がどこに影響するか誰にも分からなくなる。あと、専門家から知識を聞き出す作業そのものがボトルネックになりました。そもそも熟練者って、自分がなぜそう判断したかを言語化できないことが多いんですよね。

このあたり、レガシーシステムの保守をやったことがある人なら身に覚えがあると思います。誰も全体を把握していない巨大なif文の山。触ると別のところが壊れる。80年代のAIは、それを国家プロジェクト規模でやってしまったわけです。

そして80年代末、二度目の冬が来ます。

勝ったのに、何も分かっていない

冬の間にも、世間の目を引く出来事はありました。

1997年、IBMのDeep Blueがチェス世界王者カスパロフを破ります。ただしこれは記号主義の延長線上の勝利でした。膨大な局面を高速で読み切る力業であって、そこに理解はありません。当時「チェスに勝てても囲碁はまだ無理だ」と言われたのは、囲碁は選択肢が多すぎて力業が通じないからです。

その囲碁が落ちたのが2016年、AlphaGoです。今度は深層学習と強化学習の組み合わせで、自分で打って自分から学ぶ方式でした。

この対局で有名になったのが第2局の37手目です。人間のプロが誰も打たない、定石から外れた一手。解説者は最初ミスだと思って、後になってそれが勝着だったと分かりました。

ここで起きたのは、単に人間より強いという話ではないと思っています。人間が数百年かけて積み上げた定石の外側に、まだ手があったということですから。AIが人間の知識を学ぶ道具から、人間の知らないことを見つける道具に変わり始めた瞬間でした。

2012年、条件が揃った

眠っていたニューラルネットが本格的に復活したのは2012年です。画像認識のコンペでエラー率が一気に10ポイント近く下がって、深層学習を使ったチームが他を圧倒的に引き離しました。

なぜこのタイミングだったのか。理論のブレイクスルーというより、条件が揃ったという側面が大きいと思います。

まずデータ。インターネットの普及で学習素材が桁違いに増えました。次に計算力。ゲーム用に発達したGPUが、たまたま深層学習の行列計算と相性が良かった。ゲーマーが支えた市場がAIの土台になったわけです。そして手法の蓄積。冬の時代にも研究を続けた人たちがいました。誰も見ていない20年間、資金も評価もない中で。

アイデア自体は昔からあった。それを動かす燃料が、ようやく届いたということですね。

翻訳を速くしようとしただけだった

そして2017年、Googleの研究者が「Attention Is All You Need」という論文を出します。Transformerというアーキテクチャの提案ですね。

ざっくり言えば、文章を先頭から順番に処理するのをやめて、文中のどの単語がどの単語と関係が深いかを一度に見る仕組みです。「それ」が何を指しているのか、離れた場所にある単語同士をいきなり結びつけられる。

ここで押さえておきたいのは、元の動機がかなり地味だったことです。当時の翻訳モデルは一語ずつ順番に処理していたので、どうしても遅い。逐次処理をやめれば並列化できて学習が速くなるのでは、という工学的な効率の話が出発点でした。論文の主張も、翻訳の精度で最高記録を、しかも桁違いに少ない学習コストで達成した、というものです。

ところが、この「速くなる」という副産物のほうが本体でした。並列化できるということは、規模を上げられるということだったんですね。大きくすればするほど賢くなる道が、翻訳を速くしようとした結果として開いてしまった。

今のChatGPT、Claude、Geminiは、全部この系譜です。GPTのTはTransformerのTですね。

そこから先は規模の競争になります。データを増やし、パラメータを増やし、計算を回す。すると奇妙なことが起きました。明示的に教えていない能力が、あるサイズを超えたあたりから現れ始めたんです。翻訳、要約、コード生成、簡単な推論。

この予想外の能力の出現が、この10年で一番大きな驚きだったと思います。そして正直なところ、なぜそうなるのかは今も完全には説明できていません。

賢いのに、何もできない

さて、賢いモデルができました。ところが、しばらくして誰もが同じ壁にぶつかります。

どれだけ賢くても、何もできない。

賢い人が、電話も検索もメモ帳もない密室に座らされて、記憶だけで質問に答えている。2023年ごろのAIは、構造的にそういう状態でした。最新の情報は知らない。計算はときどき間違える。ファイルも開けない。どんなに的確な答えを返しても、実行するのは常に人間側です。

ここから流れが変わります。モデルを大きくする競争と並行して、AIに手足を付ける方向が動き出しました。

2023年、モデルが外部のツールを呼び出せる仕組みが普及します。「今日の天気は」と聞かれたら、記憶をたどるのではなく天気APIを叩く。計算は電卓に任せる。この時点で、AIは知っていることを答える存在から、調べて答える存在になりました。

同じ年、AutoGPTのような自分でタスクを分解して回し続ける試みが一気に話題になります。目標を与えるとサブタスクに分けて、順番に実行して、失敗したらやり直す。当時のモデルではまだ実用に程遠くて、途中で迷走して同じことを繰り返すのが常でしたが、方向性ははっきり示されました。

2024年にはツールとAIをつなぐ規格の標準化が進みます。MCPあたりですね。地味に見えますが、これは効きました。個別に書いていたつなぎ込みが、共通の口を作れば済むようになったわけですから。USBみたいなものだと思えばいいと思います。

エージェント元年、そのあと

そして2025年、いくつかの記事が「AIエージェント元年」という言い方をしました。

エージェントというのは、ざっくり言えば目標を与えると自分で手順を考えて、ツールを使って、複数のステップを踏んで完了まで持っていくAIのことです。

それまでとの違いは、人間が介在する回数ですね。従来は聞く、答える、人間が実行する、の繰り返しでした。エージェントでは目標を渡して、しばらく待って、結果を受け取る。指示の粒度が作業単位から仕事単位に上がったわけです。

コードを書くだけでなくテストを走らせて直すところまでやる開発支援、ブラウザを操作して調べものを完遂するもの、複数のエージェントが役割分担して動くマルチエージェント構成。2026年の今、企業の業務プロセスへの実装がまさに進んでいる段階です。

ここで、歴史を振り返ってきて面白いと思うことがあります。

エキスパートシステムが80年代に失敗したのは、手順を全部人間が書かなければいけなかったからでした。ルールが増えると破綻する。エージェントがやろうとしているのは、まさにその手順の部分をAI自身に考えさせることです。40年前に諦めたゴールに、別の入り口から近づいているわけですね。

もっとも、課題も40年前と重なる部分があります。長い手順の途中で判断を誤ると、その誤りが後続に全部伝播していく。何をどこまで任せるか、どこで人間が確認するか。この線引きは技術の問題であると同時に設計の問題で、今のところまだ誰も正解を持っていないと思います。

で、結局何が言いたいかというと

こうして並べると、いくつか見えてくることがあります。

まず、AIは直線的に進歩していません。二度の冬があって、一度は敗れた路線が復活して主役になりました。今が永遠の春だと考える理由は、歴史的にはあまりない。逆に言えば、今うまくいっていない技術が20年後の主役になる可能性も同じくらいあります。

次に、ブレイクスルーは後からしかブレイクスルーに見えません。2017年のTransformer論文は、翻訳の学習を速くするための工夫として発表されたものでした。世界を変えたのは、その論文が狙っていた精度ではなく、おまけでついてきた並列化のほうです。今の技術のどれが後から効いてくるかは、渦中では分からないということですね。

そして、知能とは何かという問いは、いまだに未解決のままです。私たちは定義を保留して、振る舞いだけを頼りにここまで来ました。チューリングが1950年に選んだ迂回路を、まだ歩き続けているとも言えます。

70年かけて分かったのは、知能の正体ではなく、知能らしきものを作る方法でした。この違いは、たぶんこれから効いてくると思います。

最後に。ELIZAに心を開いた秘書のことを、時々思い出します。私たちが今AIに感じている賢さのうち、どこまでが本物で、どこからが自分自身の投影なのか。

個人的には、それを問い続けられるかどうかが次の70年を分けるんじゃないか、という気がしています。

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